大阪帝陵ライオンズクラブ

■大阪帝陵ライオンクラブの沿革
≪結成≫
  結成年月日:1964年 6月21日
  認証年月日:1964年11月29日
  シカゴ本部登録番号 6481番
  日本国内結成番号   805番
  335-B地区内     78番

≪帝陵の生い立ち≫
 私達の親クラブである大阪阿倍野ライオンズクラブが、羽曳野美陵ライオンズクラブ(後に羽曳野ライオンズクラブに改称)をエクステンションすべく、現地近隣クラブと地域問題等につき度々折衝を重ねていた時間に丁度2R、2Zガバナー公式訪問がありました。
 その会合後の席で、現在大阪阿倍野ライオンズクラブに入会希望のウェイティングメンバーも可成りあるので、阿倍野地域にもう一つクラブをエクステンションとしてはと急遽話が進展し、飛び入りの形で大阪帝陵ライオンズクラブが1964.6.21(昭和39年)都ホテル(天王寺ステーションビル4階)に於て“We Serve”を旗印に馳参じた同士44名(内阿倍野ライオンズクラブより8名移籍)のメンバーにて結成されました。
 同年11月29日、宗右衛門町キャバレー富士で全国各地のブラザークラブメンバー1,200余名の祝福を受けて、チャーターの伝達式を挙行し、晴れて国際協会の単一クラブとして発足致しました。
≪名前の由来≫
北畠(現在の阪南団地)にあった旧制大阪高等学校(学制改革により阪大教養部に吸収)の大正12年、全寮歌の一節 ゛嗚呼黎明は近づけり、起てよ我が友自由の子帝陵山下の熱血児…〝 の歌詞より引用されました。